「泣いていいですか」
と彼女は言った
涙を流す資格が彼女にはある
「どうぞ」
と男は言った
今からさかのぼること7年前。
ある小柄な女性がいた。当時21歳。
小柄とひとことで言い切るにはあまりにも線が細すぎる、青白い顔色と薄い影。
幼い頃、公園で遊んでいるところを、ひょいと見知らぬ人物に抱きかかえられ、閉鎖された空間で恐怖の時間を過ごし、心に大きな痛手を負った過去がある。
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彼女が11歳になった秋、自分の家が無いことに気がつき、両親が職に就いていないことを知り、兄弟姉妹が精神障害であることを知り、連日、怒号を聞き、鮮血を観る地獄の毎日を過ごした苦き青春時代。
それはあまりにも過酷な毎日だった。
彼女が18になった頃、男は現れた。
男は彼女に部屋とカメラとマイクとネット環境を与え、連日見守った。
男から与えられた、体力のない彼女に出来るであろう唯一の作業を、彼女は死に物狂いで懸命にこなした。
常人では神経が参ってしまう可能性のある、心に損傷を負う、ダメージの残る、無人の部屋で行う対人の仕事だった。
彼女は常人とは違った。
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持って生まれた真心が彼女を支え、一日13時間の作業をこなし、月の報酬はいつしか100万を超えた。
眠る時間も惜しみ、昼夜問わず、人を癒すその仕事をこなし続けた。
100万は兄弟姉妹と両親の医療費と生活費に消えていった。
一年後。
彼女はそのカメラの前から、マイクの前から突然引退。
数カ月、人前から行方不明となる。
男は、彼女の母親に会い、彼女の行方、彼女の状態を尋ねた。
その真相を知り、男は目の前にいる、彼女の母親の身勝手さに言葉を失う。
怒りで涙があふれる。
しかし。
既に彼女の母親の心は、どこか遠くへ行っていた。
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それを察した男は、振り上げかけた拳を静かに下ろし、踵を返した。
男は彼女を探す。
このままではあの苦い、地獄の青春時代に逆戻りになってしまう。
この一年間、彼女が過ごしたあの部屋は、蒼き理想の結集だった。
幸せを夢見た、若き希望だった。
男は彼女を見つける。
大都会の夜街、彼女はいた。
彼女は言った。
「泣いていいですか」
涙を流す資格が彼女にはある。
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